「ちか」の名誉回復

 私とママは、げえっなんて、言って、あんたって、性格、良くないよおって叫んだ。


 でもさあ、私、別に、皆の前で恥をかかせようとか、そんなこと思ったこと一度もないよ。
やっぱり、中学の時、すごく貧乏な娘がいてさ、でも、その頃になると、自分で自分の面倒を見られるから、別に、貧しい家なのか、どうか解んない。お父さんが入院してて、お母さんは、もうとうに亡くなってるって、女の子が、家に朝、いつも来る小鳥が何羽もいるから給食のパン残すんならちょうだいって言って、ハンカチに包んで持って帰ってた。
 これ、外で干して粉々にして、鳥にあげると、すごく喜ぶんだよ、なんて、皆に説明して、鈍い奴らは、ほんと、うちもやってみようかなあ、なんて言ってたけど、私は、彼女が、そのパンを持ち帰って自分で食べるんだってことを知ってた。


 だって、誰もが残す、合成着色で、不自然な甘さのジャムまで、こっそり、パンと一緒に包んでいたのを、見ちゃったから。でも、私、そのこと、誰にも言わなかったよ。小鳥がジャム好きかどうか、実験してみなよ、なんて言って、私のや、横の男の子たちから、そのジャムをふんだくって、女の子に渡してたもの。もしも、その女の子が、私の「ワザ」に気付く程の敏感な子だとしても、別に私のことを憎まなかっただろうと思うよ。



 わー、こわ、ちかの前じゃ、気を付けなきゃねえってママが言う。ほんと、ほんと、心の中ではどう思われてるか、解りゃしないよって、私も大声を出す。そんなことないよおって、ちかは、顔を真っ赤にして、お姉さん、私を捨てないで、なんて言っている。


 今は、そんなことないんだよお。大人になって、ちゃんと見る必要ないものは見ない技術を身に付けたんだからさ。
 ほんとかなあ、と、ママと私。
 ほんとだよ。だって、私、今、気分良くないもの嫌いだもの。そんなもん、見たって、性格悪くなるだけだし、そんなのよく見て、小説書いたって、落ち込むだけじゃん。私って、気持の良いことが好きなんだもん。


私たちに意地悪されるのが、恐いのか、彼女は必死にそんなことを言っている。

山田詠美 著 「ひざまずいて足をお舐め」 P.181〜182 *1



…にはならないかもしれないけど、やっぱりワタシは、「ちか」が好きだな。
ここであの「優等生」なら、こんな形での優しさを見せられたかどうか。ワタシは、見せられなかったと思う。というより、そんな思考にも至らなかっただろうと思う。どっちの優しさをよしとするかは人それぞれだけど、ワタシは優等生のような優しさなんかじゃなく、ちかのような優しさを大切にしたい。ただそれだけ。




ひざまずいて足をお舐め (新潮文庫)

ひざまずいて足をお舐め (新潮文庫)

*1:元エントリの「ねえねえ、他人に媚を売るのって…」の、丁度続き。※本文には改行はありません。読みやすいよう適度に改行を入れてます